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"Flat"な演奏技法について

こんにちは。アムラン会技研(自称)の後藤椎です。演習問題を交えつつ、いろいろな演奏技法や記譜法に関して一緒に考察していきましょう。今回は不定期連載第1回目です。

 

※運指の表記について : 一度に複数の鍵盤を抑えている場合、低い音から順にその運指を[135]などと表現することにします。必ず低い音から、です。というのも例えば...右手に[21]という運指を要求することに極めて深い意義が存在する場合もありますし、このような場合、右手[12]という運指に読み替えられてしまっては、その価値を失ってしまうでしょう。

【演習問題1.1】あえてこのような不自然(一見、指が痛くなりそう)な運指が要求されている曲を探せ。そのような曲をできるだけ多く発見し、その特殊な運指の効果を考察せよ。

 

【1. 基本的な考察と例】

F.Chopinのop.10-12の冒頭部分に現れる右手和音(fig.1)の運指が初等的な例です。手が十分に大きければ[1245]という運指でも演奏可能ですが、そうでなければ[1135]などという運指を用いるのでした。

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(fig.1*)

ここで、次のような発見に到達するのでした : 必ずしも「1つの指に対しては高々1つの鍵盤が対応する」は正しくない。

 

【演習問題1.2】「1回の打鍵に対しては少なくとも1つの音が生成される」も正しくない。打鍵しつつも1つ未満の音の生成が対応する場合もある。この具体例を含む曲を探せ。

 

では、一体どこまで対応付けを拡張できるのでしょうか。鍵盤と向き合えば即座に(!)わかることですが、1の指は非常に特殊です。[1135]のような運指が可能な理由は、1の指は横方向に伸ばすことができる、という1の指の特殊性に依存していることがわかります。これは、2345の指には不可能なのでしょうか。いいえ。

 

【演習問題1.3】[1123455]という運指が適切な和音が用いられている曲を探せ。

 

また、次のような例も探してみるのは非常に面白いでしょう。

 

【演習問題1.4】[111345]という運指が適切な和音をI.StravinskyのPetrushkaのピアノ編曲から探せ。

【演習問題1.5】[112234455]という運指が適切な和音が用いられている曲を探せ。(私はある特定の1曲のみを思い浮かべます。2曲以上ありますか?)

 

【2. 基本的な例の応用】 

演習問題1.5の例にもなると、和音を抑えた瞬間の手の自由度はほとんどなくなり、まさに「鍵盤に押さえつけられている」ような状況になります。この失われた自由度こそがこの運指の応用の鍵であると思います。(自由度がないからこそ、更に求めることに意味が!)

 

この例の楽譜を見るとわかりますが、この[112234455]という和音は実は恐ろしいことに2部声で成っています。具体的には[和音部分,メロディー部分]=[11223445,5]と、最高音1音のみがメロディーなのです!1本の指で2つの鍵盤を相違な強弱をつけて演奏せよ、ということなのです!

実際に、楽譜のremarkにも「メロディーとして際立つように最高音Fをクリアに演奏せよ」と注意されています。(この場合はそれでも一番外側の音ですし、最高音なので比較的容易に解決されます。そうでない場合(!)は演習問題1.6をご覧ください。)

 

もしこの[112234455]という運指を諦めて、よりよい2部声用の運指に変更するとしても、この技巧的アイデアは重要なものだと思いますし、この曲の真に技巧的価値がある一節の一つだと思います。(しかしながら、この一節にはほとんど注意が払われない!より自明なインパクトがある他の部分に注意を引かれがちである!)

 

自由度を大きく消費する他の技法としてすぐ上がるのはテンポを上げることでしょう。実際、1.4の例はかなり速いテンポで要求されている運指なので、大変演奏困難です。また、(重要な技法なのでいずれお話しするかと思いますが、)特定の指を固定するような技法も自由度を大きく奪う技法の代表例です。

 

【演習問題1.6】次の例を考察せよ。

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今回はこれにて。次回の連載内容は決めていませんが、近々連載とは別にF.LisztのAlbum-leafとFragmentsに関する記事を執筆する予定です。お楽しみに。

(文責 : 後藤椎)

 

*...https://imslp.org/wiki/Études%2C_Op.10_(Chopin%2C_Frédéric) Paris: Maurice Schlesinger