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ブルーメンフェルトの師弟関係について

以前、「ブルーメンフェルト入門」という記事で、「ブルーメンフェルトはピアノをアントン・ルビンシテインに師事した」と書きましたが、調査を重ねるうちに、どうやらそうでもないらしいことが分かってきたので、今回はそこについて検証していきたいと思います。 

 

まずブルーメンフェルトについての情報ですが、彼について詳述した日本語の文献は2019年現在、プリズム社から出版されていた『24の前奏曲 Op.17』の長谷川和代氏による解説のみです。そこにはブルーメンフェルトの音楽的出発についてこう記されています。

音楽院で、作曲をリムスキー=コルサコフに学び、ピアノをサンクトペテルブルク音楽院の創設者であり、ロシアピアノ界の大御所であったアントン・ルビンシテインから学んだ。

(引用:『BLUMENFELD ブリューメンフェリト 24のプレリュード(全調による前奏曲集) 作品17』長谷川和代校訂・解説、プリズム、2009年、4ページ)

 

また、この楽譜では参考文献としてホロヴィッツの評伝が二冊挙げられており、そちらも確認したところ以下のような記載がありました。

ブルーメンフェルドのオペラに関する知識と、ロシア楽界の尊敬を一身に集めた地位とは、若いヴラディミール・ゴロヴィッツを興奮させた。しかし、それにもまして魅力的だったのは、新しい師のピアノ演奏様式が、ロシアのピアノ大家中の大長老アントン・ルービンスタインの薫陶のもとに育まれたものだということだった。学生時代、ブルーメンフェルドは、ルービンスタイン自身の創立になる聖ペテルスブルグ音楽院でルービンスタインから最高の成績をもらっていた。

(引用:『ホロヴィッツ』グレン・プラスキン著、奥田恵二・奥田宏子共訳、音楽之友社1984年、31ページ)

しかしルービンスタインの名はホロヴィッツ少年には魔法で、ルービンスタインの弟子だったフェリックス・ブルーメンフェルトに師事した。

(引用:『ホロヴィッツの夕べ』デヴィッド・デュバル著、小藤隆志訳、青土社、1995年、31ページ)

 

このように、二冊のホロヴィッツの評伝では「ブルーメンフェルトはアントン・ルビンシテインに師事した(=弟子だった)。」とはっきりと書かれており、最初に引いた24の前奏曲の楽譜の解説でもその情報がそのまま引かれているようです。しかし、「Oxford Index」の「Grove Music Online」のブルーメンフェルトについての記事では、全く別の人の名前が挙げられています。

He studied the piano with Stein and composition with Rimsky-Korsakov at the St Petersburg Conservatory,

(引用:http://oxfordindex.oup.com/view/10.1093/gmo/9781561592630.article.03316

 

そして、1974年10月号の『ムジカノーヴァ』に掲載された記事「F・ブルメンフェルド--(ロシアピアニズムの足跡)」(L・バレンボイム著、加藤一郎訳)では、ブルーメンフェルトがルビンシテインに師事していたことを明確に否定しています。

二二歳のブルメンフェルドはペテルブルグ音楽院のF・シテインの教室を卒業したが、シテインのクラスでだけ彼の演奏家として、芸術家としての人間が形成されたわけではなかった。ブルメンフェルドは音楽院でアントン・ルビンシテインについては学べなかった。一八八○年代の最初にルビンシテインはもう授業をしてはいなかったから。しかし、同時代人の批評によるように、自らの中にライオンのもつ力と娘のやさしさとを合せもっていたルビンシテインの強力な、巨大な芸術は、ブルメンフェルドに後年自ら述べていたような決定的な影響を与えたのである。(引用:『ムジカノーヴァ = Musica nova 5(10)(44)』音楽之友社、1974年、86ページ)

 この記事はL・バレンボイム『ピアノ教育と演奏の諸問題』(ムジカ出版所、1969年)に収録されている論文のうちいくつかを訳出したもの(『ムジカノーヴァ = Musica nova 6(3)(49)』、訳者あとがき)なので、出来れば原典に当たりたかったのですが、残念ながら今回はそこまで至りませんでした。今後の課題です。。

 

以上のように、ブルーメンフェルトはルビンシテインの弟子とされてきたようですが、ホロヴィッツ関連の文献ではそうされているのに対し、ブルーメンフェルト本人を扱ったロシア語の文献ではそれが否定されているようです。参照できた資料の少なさから、どちらの情報が正確の判断を明確に下すことはできません。しかし、ここで一つの推論を立ててみたいと思います。まず、現在ブルーメンフェルトはホロヴィッツのピアノの先生としてのみ記憶されています。そして、ブルーメンフェルトはルビンシテインと関係が深かったのは事実です(さらに言えば、ルビンシテインのピアニズムはリストの影響を強く受けている)。そのため、(意図的かどうかはともかくとして、)ホロヴィッツのピアニズムがフランツ・リストの流れを汲むものであり、その正統性と偉大さを強調するために、ブルーメンフェルトがルビンシテインに直接師事したとの誇張が生まれてしまったのではないでしょうか。ブルーメンフェルト本人はルビンシテインを尊敬し、一緒に連弾をしたこともあったそうなので、音楽的影響はないどころか大いにあると思うのですが、果たしてそれを師弟関係として記述してよいのかは疑問の余地があります。

 

いかがでしたでしょうか。今回は趣向を変えて文献調査と比較をメインに扱った記事となりましたが、興味を持って頂ければ幸いです。

(文責:細谷拓海)

アルメニアの作曲家によるピアノ曲

アルメニアの作曲家とその代表的なピアノ作品について紹介します。

アルメニアは東ヨーロッパの国、またはアジアの国で、旧ソ連を構成していた国家の一つです。周囲の国との位置関係としては、西にトルコ、北にジョージア(旧グルジア)、東にアゼルバイジャン、南にイランといった感じです。

アルメニアに限った話ではないですが、この国には多くの作曲家がいて、膨大な数のピアノ作品が書かれています。ここでご紹介する作品は、そのほんの一部でしかありませんが、少しでも興味を持っていただけると幸いです。

目次

アラム・ハチャトゥリアン (Aram Khachaturian, 1903~1978)

アルメニアの作曲家の中では最も有名でしょう。ソ連を代表する作曲家の一人でもあります。「ガイーヌ」「仮面舞踏会」といったバレエ作品などが有名ですが、多岐にわたるジャンルの作品を手がけており、いくつかピアノ独奏のための作品も存在します。

最も演奏される機会が多いのは「トッカータ」でしょうか。「組曲」の第1曲ですが、この曲だけが知名度を得て一人歩きしています。いわゆる「トッカータ的」とでも言いますか、打楽器的な性格の作品です。

個人的にオススメなのは「詩曲」です。「詩曲」は1925年に書かれたものと1927年に書かれたものがあるそうですが、こちらは1927年に書かれたもののようです。

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他にも30分ほどかかる大作の「ソナタ」や、教育用の作品のような雰囲気の「ソナチネ」など、いくつかピアノ作品があります。

アレクサンドル・アルチュニアン(Alexander Arutiunian, 1920~2012)

「トランペット協奏曲」をはじめとして、管弦楽のための作品が人気のようですが、ピアノ曲もいくつか書いており、ハイク・メリキャン(Hayk Melikyan)というピアニストが、アルチュニアンのピアノ作品だけを集めたCDを録音しています。(メリキャンは他にもアルメニアの作曲家の作品を積極的に演奏しているようです。)

ここでは「3つの音楽的絵画」という作品を紹介しようと思います。おそらくアルチュニアンのピアノ独奏曲の中では最も人気で、全音楽譜出版社からも楽譜が出版されています。「山々を渡る風」「アララト谷の夕べ」「サスーン舞曲」の3曲からなり、描写的で演奏効果も高い作品です。ちなみに、サスーンというのは現トルコ領の地名です。

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この動画は残念ながら音質が悪いのですが、第2曲と第3曲のみであれば、以下の楽譜付き音源がオススメです。

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アルノ・ババジャニアン(Arno Babajanian, 1921~1983)

アルメニアを代表する作曲家の一人で、現代的な作風のものから映画音楽まで、その作風は多岐に渡ります。ピアノ作品もいくつか残しており、その多くはyoutubeで聴けるようです(「babajanian piano」で検索)。

個人的に特にオススメなのは「6つの描写」でしょうか。世間的にも、特に人気のある作品の一つでもあります。全体的には無調で現代的な雰囲気で、演奏効果はかなり高い作品です。「即興」「民謡」「トッカティーナ」「間奏曲」「コラール」「サスーン舞曲」の6曲からなります。

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不協和音が多いので、どうしても人を選ぶ作品ではありますが、この作品が好きな方には、「詩曲」という作品もぜひオススメしたいです。また「ポリフォニック・ソナタ」という作品も、難解ですが面白い作品です。「前奏曲」「フーガ」「トッカータ」の3楽章からなります。ポリフォニック(多声部の)という曲名の通り、第2楽章の「フーガ」(1:00~)はかなり難解ですが、第3楽章「トッカータ」(5:40~)はわかりやすく派手です。ちなみに、友人であったアルチュニアンも同名の作品を作曲しており、こちらは「インヴェンション」「コラール」「フーガ」の3楽章からなります。

その一方で、「エレジー」などのように、わかりやすく美しい作品も書いています。この作品はハチャトゥリアンが亡くなった年に書かれた、彼を追悼する思いが込められた作品です。

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コミタス(Komitas vardapet, 1869~1935)

聖職者で音楽家という、本記事の中でも異例の人物。本名はSoghomon Soghomonianで、vardapetというのはアルメニア教会における地位の名前のようです。

コミタスの作品はバルトークアルベニスの初期作品に通じるものがあり、民謡を素材としたシンプルな作品が多いです。代表作である「6つの舞曲」を紹介します。各曲のタイトルはアルメニアの舞曲の名前のようです。

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他には、アルメニア民謡を題材とした「7つの歌」などがあります。バルトークの「3つのチーク県の民謡」を思わせるような、メロディーに伴奏を足しただけのようなシンプルな作品が多いですが、それはそれで良いと思います。

エドゥアルド・バグダサリアン(Edvard Baghdasaryan, 1922~1987)

24の前奏曲」を作曲しており、ミカエル・ハイラペティアン(Mikael Ayrapetyan)というアルメニアのピアニストがCDを録音しています。ちなみに彼は他にもアルメニアのピアノ作品を集めたCDをいくつも録音しています。興味のある方はぜひ調べてみてください。

24曲の調性はショパンの同名の作品と全く同じで、第6曲(ロ短調)と第24番(ニ短調)が特に人気があるようです。第6曲はアルペジオが多用されていて派手でかつ、感傷的なメロディーがとても魅力的な一曲です。

エドゥアルド・アブラミャン(Edouard Abramian, 1923~1986)

同じく「24の前奏曲」を作曲しています。アルメニア国内では人気なのでしょうか、youtubeで調べてみると多くの作品の演奏動画が視聴できます。24曲の調性に重複はないようですが、その調性の並びは不規則なようです。

ここでは、バグダサリアンの6番と24番,アブラミャンの3番と19番を続けて演奏した動画を紹介しようと思います。演奏は先ほども紹介したミカエル・ハイラペティアン。

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サルキス・バルフダリアン(Sarkis Barkhudarian, 1887~1973)

「12のアルメニア舞曲」など、民族色溢れる小品を多く残しているようで、先ほどから紹介しているハイラペティアンがピアノ作品集を録音しています。バルフダリアンの作品は多くがyoutubeで視聴できます。(「barkhudarian piano」で検索)

いくつか聴いてみて個人的に最も気に入った、「ピアノのための小品集 第1集」の第1曲「ナズ=パー」を紹介します。シンプルでありながら民俗音楽的な情緒が感じられる、名曲だと思います。

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アレクサンドル・スペンジアリャン(Alexander Spendiaryan, 1871~1928)

アルメニアを代表する作曲家の一人で、ロシア語名のスペンジアロフ(spendiarov)で呼ばれることもあります。ロシア語のovやevは〜の息子という意味で、それがアルメニア語だとyanやianにあたるためです。

ピアノ曲はそれほど多く書いていないようですが、「エレバン練習曲」という作品が最も有名なようです。民族色豊かな2曲からなる作品で、練習曲という曲名の通り、演奏効果は高い作品となっています。

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ガザロス・サリアン(Ghazaros Saryan, 1920~1988)

ピアノ作品はそれほど多くありませんが、「3つの後奏曲」という作品が個人的にはかなりオススメです。アルス・アドゥジェミアン(Arus Adjemian)というピアニストの演奏でどうぞ。他にもアルメニアのピアノ作品を積極的に演奏しているピアニストです。

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レヴォン・チャウシャン(Levon Chaushyan, 1946~)

3つの「ピアノソナタ」や6つの「ソナチネ」などを始めとしたピアノ作品を書いています。存命の作曲家なので、これからも増えることに期待しましょう。ピアノソナタは第1番から第3番までyoutubeで聴くことができますが、第1番が特にオススメです。いわゆる近現代のカッコいい系のソナタが好きな方には、自信を持ってオススメします。

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アンドレイ・カスパロフ(Andrey Kasparov, 1966~)

チャウシャンと同じく存命の作曲家。ここでは「トッカータ」という作品を紹介します。現代の作曲家なので難解な作品も多いですが、この作品は初期に書かれたということもあって聴きやすく、演奏効果も高い作品です。トッカータ的でありながらメロディアスなのも魅力的です。

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ちなみにですが、カスパロフは2台ピアノのための編曲作品を多く残しているようです。詳しくはWikipedia(英語版)をご覧ください。

だいぶ長くなってしまったのでこの辺りで。本記事が何かしらお役に立てると幸いです。

"Flat"な演奏技法について

こんにちは。アムラン会技研(自称)の後藤椎です。演習問題を交えつつ、いろいろな演奏技法や記譜法に関して一緒に考察していきましょう。今回は不定期連載第1回目です。

 

※運指の表記について : 一度に複数の鍵盤を抑えている場合、低い音から順にその運指を[135]などと表現することにします。必ず低い音から、です。というのも例えば...右手に[21]という運指を要求することに極めて深い意義が存在する場合もありますし、このような場合、右手[12]という運指に読み替えられてしまっては、その価値を失ってしまうでしょう。

【演習問題1.1】あえてこのような不自然(一見、指が痛くなりそう)な運指が要求されている曲を探せ。そのような曲をできるだけ多く発見し、その特殊な運指の効果を考察せよ。

 

【1. 基本的な考察と例】

F.Chopinのop.10-12の冒頭部分に現れる右手和音(fig.1)の運指が初等的な例です。手が十分に大きければ[1245]という運指でも演奏可能ですが、そうでなければ[1135]などという運指を用いるのでした。

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(fig.1*)

ここで、次のような発見に到達するのでした : 必ずしも「1つの指に対しては高々1つの鍵盤が対応する」は正しくない。

 

【演習問題1.2】「1回の打鍵に対しては少なくとも1つの音が生成される」も正しくない。打鍵しつつも1つ未満の音の生成が対応する場合もある。この具体例を含む曲を探せ。

 

では、一体どこまで対応付けを拡張できるのでしょうか。鍵盤と向き合えば即座に(!)わかることですが、1の指は非常に特殊です。[1135]のような運指が可能な理由は、1の指は横方向に伸ばすことができる、という1の指の特殊性に依存していることがわかります。これは、2345の指には不可能なのでしょうか。いいえ。

 

【演習問題1.3】[1123455]という運指が適切な和音が用いられている曲を探せ。

 

また、次のような例も探してみるのは非常に面白いでしょう。

 

【演習問題1.4】[111345]という運指が適切な和音をI.StravinskyのPetrushkaのピアノ編曲から探せ。

【演習問題1.5】[112234455]という運指が適切な和音が用いられている曲を探せ。(私はある特定の1曲のみを思い浮かべます。2曲以上ありますか?)

 

【2. 基本的な例の応用】 

演習問題1.5の例にもなると、和音を抑えた瞬間の手の自由度はほとんどなくなり、まさに「鍵盤に押さえつけられている」ような状況になります。この失われた自由度こそがこの運指の応用の鍵であると思います。(自由度がないからこそ、更に求めることに意味が!)

 

この例の楽譜を見るとわかりますが、この[112234455]という和音は実は恐ろしいことに2部声で成っています。具体的には[和音部分,メロディー部分]=[11223445,5]と、最高音1音のみがメロディーなのです!1本の指で2つの鍵盤を相違な強弱をつけて演奏せよ、ということなのです!

実際に、楽譜のremarkにも「メロディーとして際立つように最高音Fをクリアに演奏せよ」と注意されています。(この場合はそれでも一番外側の音ですし、最高音なので比較的容易に解決されます。そうでない場合(!)は演習問題1.6をご覧ください。)

 

もしこの[112234455]という運指を諦めて、よりよい2部声用の運指に変更するとしても、この技巧的アイデアは重要なものだと思いますし、この曲の真に技巧的価値がある一節の一つだと思います。(しかしながら、この一節にはほとんど注意が払われない!より自明なインパクトがある他の部分に注意を引かれがちである!)

 

自由度を大きく消費する他の技法としてすぐ上がるのはテンポを上げることでしょう。実際、1.4の例はかなり速いテンポで要求されている運指なので、大変演奏困難です。また、(重要な技法なのでいずれお話しするかと思いますが、)特定の指を固定するような技法も自由度を大きく奪う技法の代表例です。

 

【演習問題1.6】次の例を考察せよ。

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今回はこれにて。次回の連載内容は決めていませんが、近々連載とは別にF.LisztのAlbum-leafとFragmentsに関する記事を執筆する予定です。お楽しみに。

(文責 : 後藤椎)

 

*...https://imslp.org/wiki/Études%2C_Op.10_(Chopin%2C_Frédéric) Paris: Maurice Schlesinger

アルベニスの「セビーリャの聖体祭」の第255~274小節の運指について

アルベニスの「イベリア」は、全4巻、各巻3曲の全12曲からなる、スペイン音楽における金字塔的な存在にして、演奏者には大変な技巧を要求する難曲でもあります。

この記事はそのうちの1曲である第1巻の第3曲「セビーリャの聖体祭」について、特に、難所と言われる255~274小節の運指についての記事です。

目次

「セビーリャの聖体祭」について

「セビーリャ」は地名であり、セビージャやセビリアと呼ばれることもあります。

さて、「セビーリャの聖体祭」は「イベリア」の中でも、技巧的な観点から見ると、かなり異質な作品と言えます。

これは楽譜を見ると明らかで、オクターブや左右交互連打の音形の多用が目立ちます。「イベリア」でこのような作品は他にはありません。

また強弱の指示もppppp~fffffと幅広いのは特徴的です。ほんの一例ですが、以下の楽譜を見ていただければお分かりになるかと思います。

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最大の難所 第255~274小節

全体として急-緩-急-緩の構造をとるこの曲ですが、やはり急の部分の、特に上記の譜例のような音形のところが最も目立つところであります。ですが、本当の難所はここではなく、第255~274小節でしょう。

小節番号で言われても、という方が大半だと思いますが、以下の動画ですと、5:25~のところになります。演奏はAlicia de Larrocha。素晴らしい演奏です。

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この箇所が難所である理由は、片手だけでも弾きにくいというのはありますが、両手が激しく交差するためです。

楽譜通り演奏するのは非常に困難で、極端に速度を落とすピアニストや、また全く交差がないように左右を取り替えてしまうピアニストも少なくありません。

運指を考えました

そこで、私が考えた運指を公開しよう、というのが本記事の目的です。以下がその運指です。画像の中でLやRと出てくるのはそれぞれ左手、右手を指します。たとえば、上段に書かれていてもL3と書かれていれば、左手の3番(中指)でとる、というような見方です。

「イベリア」の特徴である手の交差を排除してしまっては、この曲の魅力を損なうと考え、左右の位置関係は基本的に保ったまま、どうしても難しい箇所だけ左右を取り替える、というような運指になっています。

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演奏してみました

実際に私が演奏してみたのが以下の動画です。

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ちなみに、東京大学教養学部選抜学生コンサートという演奏会でも、第1曲「エボカシオン」と第3曲「セビーリャの聖体祭」を演奏しました。よろしければお聴きください。(該当箇所は11:28~です。)

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この曲を演奏される方がどの程度いらっしゃるのかは分かりませんが、参考になれば幸いです。

ブルーメンフェルト入門

みなさんはブルーメンフェルトという作曲家をご存知でしょうか? 今日はこの忘れられた天才について紹介していきたいと思います。

フェリックス・ミハイロヴィチ・ブルーメンフェルト(Felix Mikhailovich Blumenfeld)は、1863年ウクライナ中央部のコヴァレフカに生まれました。両親はフランス語と音楽の先生をしており、シギズムンドとスタニスラフという二人の兄からピアノや作曲を習って育ちました。その後サンクトペテルブルク音楽院に進学したブルーメンフェルトは、作曲をリムスキー=コルサコフに、ピアノをアントン・ルビンシテインに師事しました。同校を主席で卒業した後、そのまま音楽院の教授を務めましたが、学生運動に伴う大学当局と教授間とのトラブルをきっかけに教授職を辞任し、マイリンスキー劇場の常任指揮者に就任しました。そして、ロシア5人組の作品やスクリャービン交響曲ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』などの初演を手掛け、1908年にはパリでムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』の初演を担当し大成功を収めました。ロシアに戻った彼はキエフ音楽院に赴任、後に同校の院長も務めました。

キエフ音楽院時代は彼の指導者としての才能が遺憾無く発揮された時代と言えるでしょう。彼の指導下からはシモン・バレルや、ゲンリフ・ネイガウス(ハインリヒ・ノイハウス)、そしてウラディミール・ホロヴィッツなど多くの優れたピアニストが生まれました。彼の作曲家としての名は死後忘れ去られてしまいましたが、そのピアニズムは門下のピアニストたちによって脈々と受け継がれていったと言っても過言ではないでしょう。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、早速彼のピアノ作品を紹介していこうと思います。

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最初にご紹介するのは『練習曲「海にて」Op.14』です。暗雲垂れる冬の海の荒波を描いたかのような作品ですが、まだ主題や構成には熟れていない感じもします。個人的には、ブルーメンフェルトと同じウクライナ出身の画家、アイヴァゾフスキーの『黒海』という作品が思い浮かびます。

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次にご紹介するのは『左手のための練習曲 Op.36』です。ブルーメンフェルトのピアノ曲の中ではおそらく最も有名な作品だと思います。前半生はヴィルトゥオーゾとして活躍した彼のピアニストとしての才能をフルに活用しつつも、それでいて技巧が音楽としての美しさを損なっていないロマンティックな作品です。ちなみにゴドフスキーに献呈されています。

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せっかくなのでブルーメンフェルトの弟子、シモン・バレルによる録音も。

この他にも『24の前奏曲 Op.17』や『演奏会用練習曲 Op.24』、『エチュード=ファンタジー Op.48』など技巧的な作品を数多く残しており、師であり、またロシアのコンポーザーピアニストの先駆けであるアントン・ルビンシテインの影響と見てまず間違いないでしょう。このロシアのコンポーザーピアニストの系譜は、プロコフィエフスクリャービンラフマニノフへと継承されていきます。

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次は『2つの即興曲 Op.45』です。これは私の勝手な分類ですが、作品番号54まである彼の作品は前期・中期・後期の3つに分類されると考えています。そしてこのOp.45を書き上げた後、ブルーメンフェルトは彼のそれまでの楽業の総決算的作品である『幻想ソナタ Op.46』を作曲します。ここから彼の後期作品が生み出されるのですが、驚くことに彼の作風(特に和声)はスクリャービンやロスラヴェッツらに近い方向へと進みます(これは、ストラヴィンスキープロコフィエフが晩年に古典的な作風へ回帰していったのとは対照的です)。

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後期ブルーメンフェルトの代表作『2つのドラマティックな楽章 Op.50』から第1曲です。前期・中期の正統ロマン派的な作風から離れて、独自の境地に達したブルーメンフェルトの会心の作です。孤絶の中で悶える人間の苦悩が、焦燥感溢れる音の連なりから顕現してくるのは私だけでしょうか。

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最後に、彼の最晩年の作である『2つの小品 Op.53』をご紹介して終わりにしたいと思います。彼の最も前衛的な作品で、中後期スクリャービンの詩曲と聞き紛うようなその響きからは、その後のロシア音楽の歩んだ道の一つを垣間見ることができるのではないでしょうか。

 いかがでしたでしょうか。これを期にブルーメンフェルトの作品に興味を持って頂ければ幸いです。

(文責:細谷拓海)

スヴェインビョルンソン 「ヴィキヴァキ」

スヴェインビョルン・スヴェインビョルンソンという作曲家の「ヴィキヴァキ」というピアノ曲についてご紹介します。

楽譜付の音源はこちら。

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楽譜はIMSLPから入手することができます。リンクは以下からどうぞ。

http://imslp.eu/files/imglnks/euimg/3/36/IMSLP192697-PMLP331496-Sveinbjornsson_Vikivaki.pdf

スヴェインビョルンソン(Sveinbjörn Sveinbjörnsson, 1847~1927)はアイスランドの作曲家で、アイスランド国歌を作曲していたりと、アイスランドでは有名な作曲家です。

ちなみに「ヴィキヴァキ」の他にもいくつかピアノ曲を作曲していて、「牧歌」などがyoutubeでは視聴できます。

この「牧歌」でも、特に中間部では「ヴィキヴァキ」と同じような民族舞曲風のリズムが見られます。

下の動画は前半が「牧歌」で後半は「ヴィキヴァキ」です。

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ヴィキヴァキ(vikivaki)とはアイスランドの伝統的な舞曲の名前です。4分の2拍子で書かれており、付点のリズムとキャッチーなフレーズが特徴的な作品です。

そしてリズム以外のこの作品の特徴は、ポリフォニックな書法と和音の分厚さでしょう。

ちなみに、私が所属している東京大学ピアノの会では、4年前に初めて演奏されて以降、なんと8回も演奏されています。もはや大人気曲です。

中級程度の難易度で、長さも2分ほどと手頃な作品ですので、ぜひ演奏されてみてはいかがでしょうか。

アムラン会公式ブログがスタートします

東京大学ピアノの会の当時の1年生を主体としたメンバーからアムラン会が発足し、約2年が経とうとしています。

ついにアムラン会は単独で演奏会を開くことになり、ホームページおよびブログを開設する運びとなりました。

このブログでは、ピアノや音楽を愛する人々にとっての有意義な情報源となることを目指し、会員が自由に投稿をして行く予定です。

よろしくお願いいたします。